■□■次回定例会 関 曠野 講演録 ポスト3.11ー原発事故をくぐった日本の将来を考える 第一部 http://bijp.net/transcript/article/307 第二部 http://bijp.net/transcript/article/308を予定しています。日時は決まり次第お伝えします。■□■

2012年01月22日

第18回定例会の報告

ひBIきクラブのブログにお越し頂いてありがとうございます。世話人石ちゃんです。

去る1月14日(土)第18回定例会を開きました。今回のテーマは前回に引き続きトニー・フィッツパトリック『自由と保障 ベーシック・インカム論争』の第4章「弁護人対検察官」でした。

参加はミルク女史と私の2名。参加することに意義があるというオリンピックではありませんが、世話人だけでも開くことに意義があるということで約3時間、いろいろ話をしました。

・働き過ぎ(クレイジー)とナマケモノ(レイジー)という対比が出てくるが、金銭や労働自体、帰属感といった要素よりも時間そのものに価値を置くことがレイジーの要素であって、ひきこもりの価値観と重なるのではないか。

・フリーライダー(何も義務を果たさずBIを受け取る人)の例としてサーファーがでてくるが、日本ならサーファーの代わりにひきこもりがやり玉にあがるのではないか?「なんで何の役にもたってないひきこもりにまでBIを配る必要があるんだ?」のように。

・この章で紹介されているBIへの賛成論はひきこもりの立場を肯定、擁護することにもつながっているのではないか?雇用レント=完全雇用がない世界では働けない人がでる。その人への保障としてBIがあってもいい。働けない人の中にひきこもりが入っていてもいいのでは?

・BIへの反対、特に感情的なもの(なんで金持ちにまで配るんだ?なんでろくでなしにまで配るんだ?)は、ひきこもりへ向けられる批判や無理解にも通じているのではないか?

この章では最後に、もしBIが実現するとしたらどんな経過をたどるのかを段階的に表示しています。
歴史的に何度も浮かび上がっては立ち消えになってきたBI。果たして実現できるのか、歴史のあだ花として本当に消え去ってしまうのか、これからもウォッチしつつ考えていきましょうとミルク女史と話しました。

次回は関 曠野 講演録 ポスト3.11ー原発事故をくぐった日本の将来を考える 第一部 http://bijp.net/transcript/article/307 第二部 http://bijp.net/transcript/article/308を予定しています。日程が決まり次第お知らせします。

posted by hibikiclub at 09:08| 神奈川 霧| Comment(2) | 定例会の報告とお知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月26日

第17回定例会の報告&次回お知らせ

ひBIきクラブのブログにお越しいただいてありがとうございます。世話人石ちゃんです。

またまた開催から日にちがたってしまいました。第17回定例会の報告です。
今回はトニー・フィッツパトリック『自由と保障 ベーシック・インカム論争』(勁草書房)の第1章、2章をとりあげました。
告知にミスがあって日時と曜日がズレたため、ご参加いただけなかった方がでてしまいました。
以後気をつけます。申し訳ありませんでした。

という事情もあって参加はミルク女史と私の二人だけとなりました。

本書について感想を述べあいながらBIとひとくちにいっても、誰がどんな立場で語るかによってその内容はときに対立するほど違うものにもなり得るものだと改めて確認しました。

著者のトニー・フィッツパトリックはBIによる改革について福祉集合主義、社会主義、フェミニズム、あるいはエコロジズムの思想に基づく限りにおいて賛成であると立場をはっきりさせています。

競争前提、効率の能率のためなら人は歯車にもコマにもなって良い、格差前提のような立場からでないという点で私達ひBIきクラブと同じスタンスなのだなと思いました。

第2章では本書の元となる論文が書かれた90年代後半当時ヨーロッパ、世界のBIをめぐる動向が紹介されています。残念ながら10年たった今でもBIを経済・福祉・社会政策として本格的に導入している国はありません。

専制的、軍事中心的な社会ではない、民主的な資本主義的社会にあってそこで生きる市民が市民らしく生きていけるために必要なもの、ほころびや選別のない誰もが安心して身を預けられるようなセーフティーネット、それがBIなのではないでしょうか。市民の権利としてのBI。

弱肉強食から弱肉共食へ。(あ、これだと共食いみたいかな…一緒に食べて生きていけるって意味で)

当日は他にも消費税の増税やマスコミの偏重報道についてなどミルク女史と語り合いました。


次回定例会は、1月14日(土)14時〜17時 かながわ県民センター15階 フリースペースにて テーマ:トニー・フィッツパトリック『自由と保障 ベーシック・インカム論争』(勁草書房)p57〜84第4章「弁護人対検察官」です。ご興味のある方の参加をお待ちしています。hibikiclub2009@yahoo.co.jpまでお気軽にお問い合わせください。
posted by hibikiclub at 16:34| 神奈川 晴れ| Comment(0) | 定例会の報告とお知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月18日

第16回定例会の報告

ひBIきクラブのブログにお越しいただき、ありがとうございます。世話人石ちゃんです。
定例会の報告、またまた開催から日が経ってしまい恐縮です。
去る10月30日取り上げたテーマは 宮本太郎著 『生活保障 排除しない社会へ』岩波新書 です。
参加された方から

・アクチベーション(就業と就業訓練の組み合わせ)は労働しない(したくない)者を排除するような窮屈なものではないか。
・自発的な活動であろうボランティアへの強要ともとれる姿勢は矛盾している。
・社会で必要な支えとしてしっかりしたグランドデザインができていると思う。
・北欧の保障制度は参考になる。
・教育のあり方によっては日本のようなひきこもりにならずにすむのではないか。
・労働につくための就業訓練がないBIには「ただのり問題」がある。とはいえ「ただのり」を断じて許さないとしたら「排除」につながるのではないか。

などなど感想がでました。

私は「排除のない」社会なのか、「逸脱したくてもできない」社会なのか。誰の立場、誰からの視点なのかによって保障の在り方は違ってみえるものだなぁと思いました。
間違った例えかもしれませんが、社会で働いて生きていくこと=リングにあがって戦うこととするなら、
生活保障でいうところのアクチベーションで無業中に就労訓練をするというのは、リングから降りているときに再び戦うためのトレーニングを積むということになるのでしょう。
そもそも「戦いたくない」からリングから降りているひきこもりの人に「さぁリングにあがる訓練をしましょう〜トレーニング代は払ってあげますよ♪」と言っても「遠慮しておきます」ってことになるのではないでしょうか。

「無用の人」いわゆる「役立たず」の人でも生きられる、そんな社会の実現にはBIのような無条件の経済的な支えが必要ではないかと思います。

今回の定例会に参加していただいた皆さん、ありがとうございました。

さて、次回はトニー・フィッツパトリック著『自由と保障〜ベーシック・インカム論争』を取り上げます。
誰にとっての自由か?誰にとっての保障か?という視点からのBI論争を賛成反対どちらも扱っているというので選んでみました。興味のある方の参加をお待ちしています。



posted by hibikiclub at 16:56| 神奈川 曇り| Comment(0) | 定例会の報告とお知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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