去る1月14日(土)第18回定例会を開きました。今回のテーマは前回に引き続きトニー・フィッツパトリック『自由と保障 ベーシック・インカム論争』の第4章「弁護人対検察官」でした。
参加はミルク女史と私の2名。参加することに意義があるというオリンピックではありませんが、世話人だけでも開くことに意義があるということで約3時間、いろいろ話をしました。
・働き過ぎ(クレイジー)とナマケモノ(レイジー)という対比が出てくるが、金銭や労働自体、帰属感といった要素よりも時間そのものに価値を置くことがレイジーの要素であって、ひきこもりの価値観と重なるのではないか。
・フリーライダー(何も義務を果たさずBIを受け取る人)の例としてサーファーがでてくるが、日本ならサーファーの代わりにひきこもりがやり玉にあがるのではないか?「なんで何の役にもたってないひきこもりにまでBIを配る必要があるんだ?」のように。
・この章で紹介されているBIへの賛成論はひきこもりの立場を肯定、擁護することにもつながっているのではないか?雇用レント=完全雇用がない世界では働けない人がでる。その人への保障としてBIがあってもいい。働けない人の中にひきこもりが入っていてもいいのでは?
・BIへの反対、特に感情的なもの(なんで金持ちにまで配るんだ?なんでろくでなしにまで配るんだ?)は、ひきこもりへ向けられる批判や無理解にも通じているのではないか?
この章では最後に、もしBIが実現するとしたらどんな経過をたどるのかを段階的に表示しています。
歴史的に何度も浮かび上がっては立ち消えになってきたBI。果たして実現できるのか、歴史のあだ花として本当に消え去ってしまうのか、これからもウォッチしつつ考えていきましょうとミルク女史と話しました。
次回は関 曠野 講演録 ポスト3.11ー原発事故をくぐった日本の将来を考える 第一部 http://bijp.net/transcript/article/307 第二部 http://bijp.net/transcript/article/308を予定しています。日程が決まり次第お知らせします。
【定例会の報告とお知らせの最新記事】

